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財布を落とすけれどもそれは今回関係ない

by おしゃき

この世には2種類の人間がいる。道に落ちているコイン(高価)を拾う人と拾わない人だ。


ラッキー論

私は結構で落ちている財布・お金を拾う気がする。(ちなみにそれと同じくらい財布を落とすのだけれどもそれは今回関係がない)そして、その財布・お金を拾うタイミングがかなり密だと思う。拾うときは3日連続で拾ったりするし、出会わないときは全く拾うことができない。(そして財布を落とすけれどもそれは今回関係ない)

ちなみに財布を拾えば近くの交番に届けるが、コインに関しては自分のものとしてしまう。コインも届ければいいのに…なんて言う人がいるかもしれないが許してほしい。だってMax500円なのだから。だいたい10円玉なのだから。(おしゃき調べ)

拾うタイミングかかなり密である、と言ったけれども私はその拾うタイミングが大事だと思う。その拾うタイミング、というのは自分が「ラッキーである」タイミングだと信じているからだ。財布もしくはコインを見つけた時に、「あ、私今きてるな」と思うのだ。

ほとんどの人が、そして私も地面に何か落ちていることを期待しているわけではないと思う。某村を作るゲームみたいに地面に落ちている貝殻や花がお金に変わる世界じゃない。葉っぱが家具な世界じゃない。

そんな期待値ゼロの世界で、お金が見つかるという状況を私は「ラッキー」と思うのだ。というか、その状況に陥っている(落ちているコインや財布を見つける)時点で私はラッキーを引き寄せているなぁと勝手に満足している。

自分をラッキーという人、というか自分がついてると信じている人だからこそ、財布を拾うのだ。という無理やりの持論のおかげで私はコインを拾うとニヤリとする。これは、コインを拾ったことによるニヤリではなく、「お、私ラッキーじゃん〜」というニヤリである。これだけはわかってほしいな。


ラッキーな人を探す

一度、私は100円玉を拾ってポケットに入れ、別の場所でその100円を玉置いたことがある。そしてそれを見ていた。
結構人通りのある所に100円玉を置いたつもりで、実際たくさんの人が私が拾った100円玉の近くを通っていた。それなのに拾う人がいないのだ。みんな素通りで、というかその落ちている100円玉の存在すら気がついていない。

あぁ、この人たちは今ツイてる人じゃないんだ、残念だなぁ。

そんな人たちを見て私は思った。私なりの持論だけれども、そのタイミングでラッキーな人は必ずコインを見つけるのだ。

かくいう私も、社会人になってからはコインを拾っていない。忙しい忙しいと毎日が淡々と過ぎている中でラッキーをどこかに逃しているのだと思う。
だけれども、また私にツキが回ってきたらきっとコインを拾う。
その時まで私はあの、ラッキーだなぁというニヤリを取っておく。

2017.06.07 記


おしゃき
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