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平安時代の恋がしたい

by おしゃき

私は根っからの理系人間である。高校時代の好きな科目は数学と化学で、大学もバリバリの理系に進んだ。
文系もできないわけではなかったと思う。嫌いでもなかった。

それでも理系特有のかっちり1つの答えの出る感じが好きだったのだ。定期テストにありがちの「この時作者はなにを感じたか」などという本当の正解がわからない、ふわっとした感じが苦手だったのだ。

そんな理系大好きな私の昔からの好きなものの1つに「百人一首」がある。

小学生時代の青春=百人一首

百人一首というのは、天智天皇から順徳天皇までの約550年の間に、貴族や歌人たちの間で詠まれた和歌から、各人の優れた和歌や代表的な和歌一首を取り上げ、年代を追って、全部で百人の和歌を取り上げたものである。

その中でも一般的に知られているのは「小倉百人一首」で、藤原定家が京都嵯峨の小倉山の別荘で屏風(襖)に書き写したことから、このように呼ばれている。小倉百人一首はすべて「古今集」や「新古今集」などの「勅撰和歌集」から集められている。
そんな百人一首と私が出会ったのは小学校1年生の頃だった。普通に過ごしていればたった7歳で百人一首と出会うことはなかったかもしれない。

私が通っていた小学校は新春かるた大会が学年問わず「百人一首」だったのだ。低学年・中学年・高学年の部と2学年ずつ行われるその大会は、まず初めに10人程度で予選・そしてその中で1番枚数が取れた人たちを集めて本戦がある。その中での優勝者を「名人」と呼び、また上位6名には後日全校朝礼で表彰状が送られるのだ。


そしてそれに向けて(確か毎年1月中旬に百人一首大会はあった)5月くらいから総合の授業で練習が始まる。低学年の頃は先生が、百首集めたノートを作ってくれて1番から覚えていく。覚えることができれば先生の元へ向かい、先生に上の句を言ってもらい、下の句を答える。答えることができれば小さなシールをもらえる。
それを繰り返し、ノートがシールでいっぱいになれば百首全て覚えることができたということだが、それだけでは終わらない。次は先生が下の句を言い、生徒たちが上の句を答える。そして御察しの通り、またシールがもらえる。


もちろんシールの数で成績が変化することはないし、強制的に100首覚えなくてはならない、というわけではない。けれどもまだ7歳の1年生は「シールがもらえる!」となれば頑張れるのだ。当時かなりの負けず嫌いだった私(しかもそれがバレるのはいやで、「私そんなやる気ないからwww」風にしているタイプ)は他の人よりも少しでも早くノートをシールでいっぱいにしようと、家では百人一首のCDを流し、通学中はその百人一首ノートを握りしめていた。お母さんはドラえもんの描かれた漫画百人一首を買い与えてくれた。半強制的に百人一首を覚えさせられた小学校1年生だったのだ。ちなみに1年生ながらに私は予選を勝ち抜いていた。1歳上のお姉さんたちがいるなんて、全く関係のない、空気の読めないクソガキだった。

学年が上がれば、それまでの蓄積があるので「覚える」努力をする必要はなくなる。忘れなければいい。ただ、それだけじゃ勝てないし、百人一首のための総合だってある。上の句最初の5文字で札を探し出せるようになる訓練をしたし、もう少し大きくなれば決まり字(百人一首には決まり字というものがあり、例えば1文字で、2文字で、3文字でなどそれだけで下の句の札を確定することができる)を必死に覚えたりもした。
私は燃えに燃えていたけれども、学年が上がれば上がるほどみんな百人一首から興味が薄れ、「今年も面倒臭いね〜」という会話をたくさんしていた。(ちなみに私は周りに合わせる人間だったので影でそういう練習をしながらも「本当に面倒臭いよね〜」と言っていたが、改めて聞いたら友達には百人一首大会に命かけていたことはバレていた)

そんな努力もみのり、2年生・4年生では総合優勝的な「名人」になれたし、高学年の部で優勝した人にのみ与えられる「主席名人」という称号を6年生時には得ることができた。今思えば表彰状紙切れ1枚なんだけれども、なんとなく6年間の頑張りを認められた気がして嬉しかった。


意外と役に立つ、青春

そんな必要もない暗記に力を入れた小学校時代だったが、意外と役に立つ。そう、中学からの「古典」の授業だ。

躓く子は躓く、日本語なのに私たちが普段使うはずのない言葉の授業に百人一首は役立った。慣れないはずの言葉を知っているのだ。小学生の頃はただただ札を叩くスピードのために真剣だったので、意味などを考えていたりはしなかったが、なんとなく知っている単語はあるし、それについて頭の中でドラえもんが語りかけてくれる。直接その和歌の意味がわからなくても、ドラえもんたちが漫画となって思い浮かぶ。
「あの時ドラえもんは悲しそうに言っていたからきっとこの単語は悲しい意味だなぁ」とふわふわしたイメージは簡単に浮かぶ。

ちなみにこのブログを書くため『ドラえもん 漫画で読む百人一首』を読み返して見たがギャグベースの漫画のため基本的には爆笑しているドラえもん達と歌人ばかりだった。


好きな一句

6年間百人一首に身を捧げていたために私には好きな句がある。

君がため 春の野に出でて 若菜摘む  我が衣手に 雪は降りつつ

15番目に収録されている、光孝天皇の句である。
シンプルで初々しくて、とっても素敵な句だと私は思う。

「大好きな君のために春の七草を摘んでいたら着物の袖に雪が積もったよ」と恋人に送った手紙なのだが、単純に光孝天皇かわいい!!となった。
好きと直接伝えず、この付き合いたてのような(どうかは知らないが)初々しい感じたまらん!わけです笑

久しぶりに百人一首を考えて、恋の歌が多くて、私も平安時代のような奥ゆかしい素敵な恋をしたいなぁと思ったわけでした、ちゃんちゃん。月9よりキュンキュンする自信あるぞ!

2017.4.19 記


おしゃき
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