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本と向き合う

by おしゃき

どちらかとういえば、読書は好きだ。人よりも本を読むとか、そう言ったわけれではないけれども人並みには読んでいるはず。小学校の頃から地下鉄で通学していた私は、学校のある駅に到着するまでの25分間、たとえ座席に座れることができなくても読書に勤しんでいた。
小さい頃はかいけつゾロリから始まりズッコケ3人組に心打たれ、青い鳥文庫(夢水清志郎事件ノートシリーズやパスワードシリーズ・若おかみシリーズなど)だったり、都会のトム&ソーヤシリーズ。JC・JK(もしかしてもう死後だったりする?)になれば文庫本サイズの持ち運びしやすい本にシフトチェンジ。スマホが普及しても、電車の中は本を読む時間と決まっていた。小中高と朝の10分間読書が学校で定められていたことが大きいのか、単純に本を読むことが好きで、全く苦ではなかった。

話す猫が出てくる本

といえば何を想像するだろう。隣にいた父親に聞いたら、「吾輩は猫であるじゃない?」と答えてくれた。
・・・なるほど、ちょっと盲点だった。
元祖・猫目線の物語、我輩は猫であるにつきる。
ちなみに私は「ルドルフとイッパイアッテナ」が一番に思いつく。ちょっと前に井上真央さん・鈴木亮平さんが声優をやったアニメ映画の原作で有名なやつ。小3の頃担任の先生が紹介してくれて、母親に児童書専門店に連れて行ってもらい購入した、思い出の本である。
可愛いクロネコ・ルドルフと「俺の名前はいっぱいあってな?」と説明しようとしたところを勝手に「イッパイアッテナって名前なんだね!」と解釈されてしまった人生の酸いも甘いも経験しているトラネコの話。児童書らしく、大切な言葉がたくさん散りばめられていて、私の好きな言葉は次のもの。

ちょっとできるようになると、それをつかって、できないやつをばかにするなんて、最低のことだ。
ルドルフとイッパイアッテナ

猫が話すのに、ナチュラル

本を手に取るきっかけは様々で、表紙の絵だったり、前読んだ作者だったり。今回は後者で、数年前に映画化された「神様のカルテ」で有名な夏川草介さんの名前で読むことを決めた。ちなみにこの夏川さんは大学の先輩でもある。

主人公は高校生の夏木林太郎。夏木書店を営む祖父と二人暮らしをしてきたが、祖父が突然亡くなってしまう。面識のなかった伯母に引き取られることになり本の整理をしていた林太郎は(ちなみに学校は転校するし面倒臭いしで無断欠席)、書棚の奥で人間の言葉を話すトラネコ・トラと出会う。
トラは林太郎を2代目と呼び、「本を救ってほしい」と言うのだ。このトラが今回の話す猫で、もちろん現実世界ではありえない。猫が本を救おうと引きこもり少年に語りかけるわけがない。
けれどもこの本では本当に自然に猫が話す。

自然に、自然に。
母親が子猫を舐めるように。
親ペンギンが絶食状態でも卵を温め続けるように。

それはまるで自然の摂理だとでも言うように、猫は話す。
林太郎だって最初は呆気にとられ、自分の気がおかしくなったのではないかと疑うが、それでもすっと受け入れ「本を救おう」とするのだ。

「閉じ込める」「切り刻む」「売りさばく」

本を守りたい林太郎たちからしたら対立する迷宮の人々(言ってしまえば、敵)がいる。5万冊の本を読むも、1度読んだ本は鍵付き書棚に閉まってしまう本を「閉じ込める」者。読書の効率化を追求するあまり本の味わいや難読の無駄を「刻む」者。本を消耗品とし、売れることに全てを賭けてしまう「売りさばく」者。
3人は物語的に「敵」だけれども、どこか共感できる気もする。3人は「大人の読書法」なのだ。
私は時に「閉じ込める」者になる。本を必ず2回、それも連続で読むタイプなので少し違うかもしれないけれども、小さい頃はともかく最近は2回読んだ本は本棚に戻し、3回目は読まない気がする。
私は時に「切り刻む」者になる。ちょっと難しい言い回しを飛ばしたり、話がごちゃごちゃになると登場人物がわからなくなったりもする。前に戻って確認することも面倒臭く、なあなあで済ませたりする。ネットで物語のあらすじ、そして結末を知り本を購入しなかったりもする。
出版社側に回ることはないので「売りさばく」者にはならないが、本を読む機会が減っていくとしっかり吟味せず「映画化された」「超感動作」などの言葉にそそのかされ本を選択することがある。もちろん名作もたくさんある。だけれども何か違う。
本をめぐる現代の現状を風刺しているようなこの物語に、少しだけ恐怖を感じた。
今よりずっと何も知らなかった頃、本で読んだ言葉をなんとなく日常に織り交ぜてちょっぴり優越感に浸っていた頃の読書法が私は好きだ。


本屋さんに行き、新刊コーナーではなくたくさんの文庫本が並ぶ本棚へ行く。素敵なタイトルに目を惹かれて手に取る。パラパラめくり、たまたま見たページの文字に心動かされて購入する本を選択する。

あの頃の私はこの方法で本当に面白い本に出会えていて、通学途中になん度も読み返したし、友達に勧めていたりした。(先ほど私は本を必ず2度読むと言ったが、2度目に3色ボールペンで書き込みをしてしまうため友達に直接貸すことはできなかったのであくまでもオススメするだけだった)たまにおもしくない本もあったけれども、そういう本だって何度か読めばどこか味のある作品だったのだ。

本がお前の代わりに人生を歩んでくれるわけではない。自分の足で歩くことを忘れた本読みは、古びた知識で膨らんだ百科事典のようなものだ。誰かが開いてくれなければ何の役にも立たない骨董品にすぎない。
本を守ろうとする猫の話 / 夏川草介

私は読む本を選ぶところからしっかり自分の足で進みたい。「いい本」とか「話題の本」とか(と言ってもいい本も話題の本も読みたいなぁ)そうじゃなくて私の思う「大切な本」を探せれば、それでいい。

2017.04.11 記


おしゃき
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