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「綴る」の呪縛

by おしゃき

昔から、「綴る」という行為が好きだ

「綴ること」に出会ったのは小学校1年生の時で、私の通っていた小学校は長期休み関係なく毎日「日記」の提出を余儀なくされていた。小学校1、2年生はB5サイズの上半分が絵、その下にマス目があり文章というフォーマットで、3年生からはノート全てを縦書きの文字で埋めるというフォーマットで、必ず毎日1枚以上というノルマが存在していた。
夕食を終えた後、自分の部屋でその日1日何があったかゆっくりゆっくり思い出しながら綴る、という時間が私は好きだった。見たいテレビ番組だってあるし、1日特に何もない日があったりしたけれども、どうにかノートを埋めて、1日の中で一番印象に残ったことをまとめるということが私にとって大切な時間となっていた。
また毎日それを先生に提出し、先生からの短いメッセージが返ってくるということも私が日記を綴る上でのやる気につながっていたと思う。どれだけつまらないことを書いても先生はこちらが読んでクスッと笑ってしまうようなコメントを捻出してくれていた。1クラス30人程度いたはずなので毎日私達生徒の拙い文章を読み、(先生によってはイラスト付きで)コメントを残し、漢字や言葉の間違いには赤で訂正を入れる、思い返すとかなり面倒臭い作業を授業の合間に行ってくれていたんだなぁと感謝しかない。(小学校なんだからほぼずっと授業だったはずなのにいつそんな時間があったんだろう?)

今でもそれらの日記をとってあるし、たまに読み返したりもする。初めての絵日記は「登校するときに可愛い白い犬がいて、ワンっと吠えた」というものだった。今ならばつまらないとバッサリ切り捨ててしまうけれども当時ランドセルに背負われていた私はそれが1番心に残った出来事で、他人に伝えるべき有益な情報だったのだ。
少し遠いところにある学校に地下鉄で通っていたため、放課後は地元の友達と遊ぶというよりはまっすぐ帰って家で宿題をして、という生活だったため、日記は学校生活中に起こったことが中心だった。何度も同じ友達が登場して、20分の休み時間には飽きもせずドッヂボールやドロケイをする。マイナスの情報は特に綴られておらず、きっと何か嫌なことがあった日は夕食のメニューや読んだ本の感想などを書いていた。夏休みには保護していたクワガタの観察日記になっていたし、わかりやすい私は家族旅行の日記は1日で3枚にも4枚にもなっていた。高学年にもなると、書くことが無かったのか、このアイドルがっこいい、俳優さんがかっこいい、女優さんが可愛い、誰々と付き合ってるらしいなど、日記には程遠い内容を綴っている日もあった。

中学になって、日記を強制的に書かされる、ということはなくなった。部活動も忙しいし、やらねばならない課題もたくさんある。慣れない環境(といっても私は小中高一貫校だったからそんなに変化はない)の中でその日何があったか思い返すことはなくなったけれども、そのとき私達の中で流行っていたのは部活や仲良しグループで作る「ホムペ」だった。その中で日記を書いたり、twitterの前進のようなものでつぶやいたり、やっぱり綴ることから離れることはなかった。

いつのまにかケータイがスマホに移り変わり、140字という制限の中のみの発信となり、私は「綴る」行為から離れるようになったわけだけれども、やっぱり「綴る」を止めることができないみたいだ。

というわけで

新生活も始まったし、再び少しずつ記録を始める
大きくはなまるをつけてくれたり、誤字脱字を直してくれる先生もいないけれども、というか自分以外見る人もいないだろうけれども。少しずつ。
春休みの間から、どこかでブログを始めようとおもっていて、Tumblrとかちょっとやってたりもしたけれどもやっぱり文章メインがいいのでこちらへ移行。とある本の感想を書いた記事だけはお気に入りだからそれはまた後々アップします。

2017.4.5 記


おしゃき
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